「帰ってきたら、伝えたいことがある」 隊長にそう言われたのは、出撃前だった。それはもう何日前になるだろうか。バベル・コンストラクションの侵攻を退けるための防衛任務。それが作戦だった。事前偵察の情報ではジャンク機と、鹵獲された無人AI機の混成部隊が相手とのことだった。敵の総数も、BOTゲームが開催できるだけの分隊があれば余裕の数だった。 「助けて、わたしピンチ……!」 祈りが届く者などどこにも居ない。普段落ち着いていると言われることの多い彼女は、珍しく激しい焦燥の色を滲ませていた。 状況が一変したのは既に二日ほど前。敵機を少しずつ仕留めていたものの、数の劣勢故か逃げ回るそれらに誰もが苛立ちを募らせていた。 その時は現状をどうにかすべく、後方の隊長に指示を仰いでいた。だが、突然の激しい音と共に隊長との通信が切れた。事前に設定してあったあらゆるチャンネルでのコンタクトに失敗、最悪の事態が脳裏をよぎる。だが、中継地点に問題が起きたのかもしれない、そう自分に言い聞かせて落ち着かせていた。 それに追い打ちをかけたのは無線断絶から数時間後、光学迷彩でもしていたのか不意に現れたコアシップからバベル・コンストラクションの精鋭機、ソルジャーが現れたことだった。交戦例こそ少ないが、現状全敗している相手だ。それと同時に増援。さらに待っていたかのように、それまで逃げ回っていた敵機が徒党を組んで反撃してきた。 狩る側が狩られる側に変わった瞬間だった。30機いた2footは確認できているだけで既に17機が大破、6機が中破により継戦能力を喪失、離脱を余儀なくされていた。今でこそ物陰に隠れている彼女の機体も、既に左腕の装甲がない。アサルトの弾薬もあと一マグと少し、心もとない。 敵は無線の発信元を探知している可能性が高かった。残った味方機との通信もできない。散発的に聞こえる銃撃の音は、どちらが撃ったのか。どちらが倒されたのか、あるいは逃げ延びたのか。 足音。できるだけ機体を屈ませる。気づかれなかったようでジャンク機が通り過ぎる。ひと呼吸おいて、そのコアに短剣を突き立てる。一機撃破。 「コアブレイク成功……」 いつも隊長に言っていた言葉。しかし喜びはわかず、ともすれば押し潰されそうなほどの寂しさを感じる。ここももう危険だ、離れなければ。思考を切り替え、移動を始める。 『……すけ……助けて、ほしいっす……』 絞っているのか、弱々しく入ってきた無線。味方のものだ。警戒しながらその発信元に近づく。見えた。下半身が吹き飛び、頭部と左腕がかろうじて繋がっている2foot。漏れ出た油は、人間にはあるという血を連想させた。別分隊の機体だ。センサーが壊れているのか、接近に気づいた様子はない。回収のために屈む。が、その途中で止まる。激しい損傷で逃げることが叶わない機体が、なぜまだ生きているのか。 銃撃。回収しようとした動きをやめ、左腕を盾に、撃ちながら退避する。弾切れのアラート。 『イやダ! 死にタくなイッす! 隊長、たいチょ――!』 まるで強引に引きちぎられたかのように切れる無線。彼女はこの戦いで嫌というほど聞いて、理解していた。ゲームとはわけが違う2footの大破。そして、それに搭載されているAI、ワタシタチの死。確認できただけで24機目のリタイア。 追撃がないことを確認する。息つく暇もなく、今度は少し離れた場所で交戦の音。 『リリカ負けない!』 『根性見せたれやぁ!』 確認に移動すると、アサルトとヘヴィアサルトが複数の敵の猛攻に苦しんでいた。正面から加勢しても勝ち目はない。味方が持ちこたえることを祈りながら、敵の背後へ駆ける。 『耐久値ゼロ、機能停止です……』 『ちくしょう! マジでブチギレたかんなぁ!』 背後に出てゾッとした。さっきまで居なかったソルジャーまでが味方を狙っている。アサルトは穴だらけになり崩れている。ヘヴィアサルトはガトリングとホーミングミサイルを乱射している。 最後のマグに交換し、自分を落ち着かせようと意識しながら背後から敵機のコアを狙う。撃った。コアの破壊を確認すると、次の敵を。敵機の応戦に身を隠す。 挟撃できたことで数の不利を多少緩和できたが、それもすぐに徒労に終わった。自機の弾は切れ、敵のロケット弾がヘヴィアサルトのガトリングに直撃、その爆発で右腕を吹き飛ばす。 『弾がなくなっちゃいましたぁ』 ヘヴィアサルトはその堅牢さを活かして敵の軍団に突撃していく。だが敵の集中砲火に装甲は剥がれ落ち、あっという間にボロボロになっていく。それでも敵を殴り倒していく。 『出直して来いや!』 殴り倒した敵を盾にさらに次の敵に迫る。だが、それも限界。 『えへへ、やられちゃいましたぁ……』 ソルジャーにコアを撃ち抜かれたヘヴィアサルトはその場に崩れ落ちる。とどめのロケット弾に、その機体はフレームすら崩壊する。 その勇姿を焼きつけた彼女は、ソルジャーに向けて機体を走らせる。他の敵は無視。ソルジャーだけを狙う。射撃、攻撃をクイックスライドを駆使してくぐり抜ける、2foot保護のために設けられている連続上限回数を無視して。その負荷に耐えきれない装甲が剥離した。 ソルジャーのガトリングが火を吹いた。ボロボロの2footはあっという間に残っていた装甲のほとんどを失う。メインセンサーに被弾、多くの情報が途切れ、機体のダメージが限界値をむかえているアラートデータが止まらない。処理が間に合わない、全てのアラートを受け付けずに破棄する。クイックスライドのブースターもオーバーロードで爆発する。 それでも、たどり着く。まるで道を作るように――実際は相討ちを恐れたのか――敵の射撃が止んだ。ソルジャーのコアに短剣を突き刺す。 「コアブレイク成――!」 ソルジャーに蹴られる。たった一回、それだけで2footの下半身が吹き飛ぶ。突き刺した短剣一本でソルジャーに食らいつく上半身。フレームだけの左腕でコアを殴る。 ――わたしとアナタ、これからずっと一緒なの? その問いに、隊長はゆっくりと、深く頷いたのを覚えている。 いまだに動くソルジャーは、振り落とそうと機体を回す。だが、絶対に離れない。 ――フュージョンって、少し怖い はじめてフュージョンするとき、そう言ったのを覚えている。そしたら隊長はフュージョンが終わるまで一緒に居てくれた。 殴り続けた左手は大きく壊れる。 ――衣装なんて、別になんでも 口ではそう言った。だけど、本当はすごく嬉しかった。 ついに肘から先が落ちる。最早攻撃力などない。だが、果てていない。殴ることはやめられない。 勝利の美酒も、敗北の苦渋も隊長と一緒に味わった。一緒に戦術の研究もした。他のフィギュアヘッズに鼻の下をのばす隊長は少し嫌い。でも、いつも一番に優しくしてくれた、一番可愛がってくれていた。その隊長の為なら……! 短剣が折れる。ソルジャーから離れるその瞬間を待っていた周囲の敵機が集中砲火してくる。その中で折れた柄を投げつける。 地面に叩きつけられた上半身はもう動きそうにない。ソルジャーが倒れてくる。 どこからか、味方の増援だろうか。大火力が周囲の敵機を屠っていく。 「結構ぎりぎりだった。でも――」 全ては、それと感じることさえない暗闇に。